京都の天満宮を周る (後半)

ここが生誕の地だ!

・・・という場所だけでもいくつもある菅原道真公ですが、
お生まれになった場所じゃなくても、彼をお祀りした神社は全国各地にたくさんあります。

もちろん京都市内にもたくさん。



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こちらは水火(すいか)天満宮


ここも醍醐天皇の勅命で初めて菅原道真公をお祀りした神社として
「日本最初の天満宮」と称しておられます。


境内には、「登天石」と名付けられた石があり、


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菅原道真公の死後、天変地異が続くことを心配した時の帝、醍醐天皇は、
延暦寺の法性坊尊意僧正に祈祷を依頼します。
勅命を受けたその僧正が、急いで都に向かう途中、
突然鴨川が増水して町へと流れ込みました。

けれども僧正は騒がず数珠をひとして、天に向ってお祈りを捧げたところ、
不思議な事にたちまち水位が下り、水流の間から一つの石が現れました。
そしてその石の上に菅公の霊が現れ、やがて昇天し雷雨も止んだということです。
その石がこの登天石。


  

この石に祈ると、迷子が無事に戻るそうですよ。

後ろの松の木は菅公 影向松(かんこう ようごうまつ)といって、
菅公がこの世にあらわれる時にこの松に降りられるのだとか。













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こちらは高台寺のすぐ近くにある高台寺天満宮


豊臣秀吉の夫人、北政所ねねが菅原道真公をお祀りした神社です。










つづいて 霊光殿(れいこうでん)天満宮


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道真公のが左遷され大宰府に向かう途中、
菅原氏の領地であった河内国で天から一条の光とともに天一神・帝釈天が降臨されたそうです。

その地に道真公をお祀りする社が建てられていましたが、のちに京都のこの地に移されました。





この神社は蒙古襲来の時(元寇)に後宇多天皇が当社にて戦勝のお祈りをしたところでもあり、
元寇の際に神風が吹いて日本軍が辛くも勝利したことはよく知られていることです。

後宇多天皇はそのことに感謝して、『天下無敵必勝利運』の額を送っています。


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のちに徳川家康もこの神社を深く崇敬し天下太平の祈願もしており、
今ではその家康も合わせてお祀りされています。













市内のど真ん中、四条河原町付近のビルの片隅にも天満宮がありました。



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火除(ひよけ)天満宮

ここはこんな風にビルの陰に埋もれるようにしてあります。


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天正5年ころから九州筑紫国(福岡県)大宰府で兵乱が多発した際、
一人の老神官が菅原道真公の尊像を背負い乱を逃れて京へとやってきて、
六条街に鎮座させたのが始めといわれています。




お社はこんな格子の中。


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度重なる火災でも無事だったので、火よけ天満宮と言われているそうですよ。













そこからほど近い新京極のアーケードの真ん中にも天満宮が。


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錦(にしき)天満宮



観光客をはじめ買い物客などでごった返す町のど真ん中のせいか、
この時は韓国か中国からの団体さんが・・



ここの鳥居はビルの中に突っ込んでいることで有名ですよね。


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以前に訪れたのと合わせて、前半後半でご紹介した天満宮は十か所。

こちらが訪れたそれぞれの天満宮の場所です。








市内にはほかにもまだ天満宮があります。

それぞれに由緒があり、それぞれに歴史があります。

そして、それぞれが生活の中にしっかりと溶け込んでいる。


それが京都なんですねぇ。。。。





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by michirudesu | 2012-07-06 17:01 | 京都な日常 | Comments(0)

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