今年は434回忌 信長忌が営まれる阿弥陀寺へ行ってみる


現在から歴史をさかのぼること433年。
天正10年の6月2日、京都で重大事件が起こりました。



天下統一を目前にした織田信長が宿泊する本能寺を明智光秀が急襲したというのは誰もが知るところですが、
この謀反によって討死(自刃)した信長の遺体はどこにいったのでしょう。






それはここ・・・・



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織田家とのかかわりが深かった京都阿弥陀寺の住職、清玉(せいぎょく)が
密かに運び出し荼毘に付したとされています。









信長の死を知った豊臣秀吉は遺骨が阿弥陀寺に葬られていることを知り、
自分が葬儀をとりおこないたいと申し出ますが、
阿弥陀寺の清玉上人は葬儀は既に行ったとしてこれを固辞します。

秀吉は信長亡き後、自分の力を世に知らしめたいという目論みもあるせいか、
多額の法事料を用意するなどして懐柔を図りますが、阿弥陀寺はこれらをすべて拒否。

しかたなく秀吉は大徳寺に総見院を建て信長の木像を焼くというパフォーマンスで法事を行います。
そして織田家に対しては今後阿弥陀寺と関わることを禁じました。



そのせいで阿弥陀寺は疲弊し、場所も寺町通りの今のところに移転させられてしまいますが、
それでもそれから今に至るまでずっと、
信長をはじめ、その時に討ち死にした家臣たちの墓を守ってきました。




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阿弥陀寺は普段は非公開ですが、信長忌がおこなわれる6月2日だけ一般に公開されます。



こちらがご本堂。



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本堂には織田信長をはじめ、本能寺の変で殉死した森蘭丸、坊丸、その他家臣たちの位牌、
信長、信忠の木像も納められています。






・・・と、観光気分で出かけたのですが、
とりおこなわれている信長忌って、まさに信長の法事ですわ。
織田家の方々が皆そろっておまいりされています。





そんな中、写真なんて撮れるわけがない。

それどころか一般参拝者もみなお堂に上がって自動的に法事に参列です。
延々二時間。。。。


お焼香までさせていただきましたわよ。。。










法事のあとはお墓参り。


こちらが信長公のお墓です。



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こっちは森蘭丸、坊丸、力丸の三兄弟のお墓。



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思いがけず法事に参加させていただくことになってとまどいましたが、
しかし、織田信長さまにご焼香なんて、
世が世なら庶民には思いもよらないことだったでしょう。

ありがたい経験をさせていただきました。






おさがりまでいただいちゃった。。。。


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家紋だあ・・・








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by michirudesu | 2015-06-02 20:19 | 京都な日常 | Comments(0)