大内宿花嫁行列の翌日は会津若松市内の観光


さて、福島行きの二日目。

地元の観光ボランティアの方が会津若松市内を案内してくださいました。






最初は幕末の戊辰戦争で犠牲になった方々が葬られている阿弥陀寺。



戊辰戦争・・・薩摩藩・長州藩らを中心とした明治新政府軍と、
       旧幕府勢力および奥羽越列藩同盟が戦った日本の内戦。


それに敗れた会津藩は結果的に賊軍ということになり、戦死者を埋葬することも許されなかったそうです。
遺体は路上のそこここに放置され、さわることすら許されずに半年近くも放置された末、
やっと、ここ阿弥陀寺と長命寺に埋葬することが許可されました。





この奥に約1300体の御遺体が眠っています。


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政府軍、旧幕府軍、ともに日本の行く末を真剣に考えていたはずなのに、
はからずも賊軍と言われることになってしまった会津兵士のみなさん、
今はどうか静かにお眠りください。


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あと、幕末戦士のお墓といえば、
ここには新選組三番隊組長 斉藤一(藤田五郎)のお墓もあります。



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  ←斉藤一といえば るろうに剣心ではこの方。

    剣心の宿敵で「悪・即・斬(あく・そく・ざん)」の正義を
    自身の信念とする突きの名手。


  実際にはこの方だけは新撰組解散後も警官として明治政府に採用され、
  その後晩年には東京高等師範学校校長などを歴任して、
  72歳まで天寿をまっとうしておられます。











こちらは阿弥陀寺のご本堂。


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阿弥陀寺には戊辰戦争のあと取り壊されてしまった鶴ヶ城本丸にあった
『御三階(ごさんがい)』と呼ばれる建物が移築されています。



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三階建てに見えますが、実は四階があるそう。
そこで密談も行われていたとか。

幕末の鶴ヶ城ではどのような人たちがどんな密談をしてたのか・・・












さて、会津で戊辰戦争といえば白虎隊の悲劇。




白虎隊・・・、会津戦争に際して会津藩が組織した16歳から17歳の武家の男子によって構成された部隊。



旧幕府勢力の中心と見なされ、新政府軍の仇敵となった会津藩。
会津藩では若松城(鶴ヶ城)を死守すべく防備に努めたが、圧倒的な物量で迫る新政府軍に対しては劣勢は否めず
老若男女が玉砕覚悟で臨む戦局となる。
まだまだ若年兵である白虎隊も各防衛拠点へと投入されたが、各所で敗走。
その中で郊外の飯盛山へと落ち延びた総勢20名が山から眺めた戦闘による市中火災の模様を目にし、
もはやこれまで・・・と、自刃を決行した。






飯盛山にある白虎隊隊士たちのお墓。


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白虎隊といえばこの自刃をした20名だけなのかと思っていたけれど、
総勢350人近くの隊士がいて、藩を守るために各地に遠征をしており、
そこでたくさんの若者・・ていうか少年たちが戦死していたのだなあ。











彼らが眺めた飯盛山からの眺め。

燃えている自分の家・・・
それは中で母親が自決をしているしるしなのだけれど、
彼らはそれを見て思っただろう・・・。



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ここで自刃した白虎隊士と同年齢の今の中学生、高校生にとっては、
幕末から明治初期のことなどはるか昔のことのように思えるでしょうが、
実はたかだか150年前のこと。

もしかしたら、自分のおばあちゃんのおかあさん、
おばあちゃんのおばあちゃんなら絶対にその時に生きていたはず。

そんなつい最近まで日本人は日本人同士で殺し合いをしていたという事実をどう考えますか??













さて、その会津戦争で壊滅的な痛手を受けた鶴ヶ城は、
明治7年に石垣だけを残して取り壊されてしまいます。

その後昭和40年になって、やっと再建。
平成23年春には幕末時代の瓦(赤瓦)をまとった日本で唯一の天守閣となりました。




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天守閣からの眺め。


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会津というとどうしても戊辰戦争、白虎隊の悲劇の印象が強くて、
悲しい思いが胸に迫る場所が多いのですが、
そういった悲劇も含んでの今現在だということ噛みしめないといけないなあ。














話は前後しますが、米原と会津をむすぶキーマン、
蒲生氏郷公の墓所にもボランティアさんがちゃんと連れて行ってくださいました。



市内、興徳寺にある蒲生公のお墓と歌碑。



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滋賀生まれの蒲生公が城下町を整備、産業を興して会津の今につなげたと思うと、
なんだか嬉しいですね。








今回案内してくださった観光ボランティアの方たちは、
とってもわかりやすくて丁寧な説明をしてくださいました。

そんな説明の中に、
遠くから来た私たちに少しでも会津の歴史を知ってもらいたい、
少しでも多くの場所を見てもらいたい、
・・という気持ちが込められていることがひしひしと感じられて、
ほんとうにありがたかった。



きのうの大内宿の人たちもそうだったけれど、
福島の人たちって、ホントにいい人たちばかりなのだなあ。













おまけ・・・・・



初日のお昼ごはん。



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大内宿 分家玉屋  鳥せいろ(1080円)。

これでもかっ!と盛ってあるネギにちょっと驚きますが、
柔らかくて甘みがあって、お肉と一緒に食べるとめっちゃ美味しいです。
ゴマもいい仕事。








二日目の夜ごはん。



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会津若松市 和風レストラン くいしん坊 武家先勝願い御膳(1500円)。

上から・・

勝って(カツ)来る身を(古代米のくるみごはん)喜ぶ(昆布の酢のもの)
・・ということだそうで、ボリュームもたっぷり。




でもってこれ、会津塗とのコラボ企画。
『このお盆だけでも2万円!』
・・・とか言われてビビってしまい、写真もぶれてしまったよ。。。。




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by michirudesu | 2015-09-23 20:00 | ぜんぜんミステリじゃない日常 | Comments(0)

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